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海外事業は“正解がない状態”から始まった|BeBlock Bangkokのリアル二話

海外事業は“正解がない状態”から始まった|BeBlock Bangkokのリアル二話

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2026年現在、タイで感じていること①

本編と寄稿中のタイムラグがあるため、記事の前半には2026年現在、私がタイで感じている外部環境について記載するようにします。

日本にいると、「タイは物価が安い」「東南アジアは日本より生活コストが低い」というイメージを持つ人も多いと思います。実際、ローカルの食堂ではカオマンガイやガパオが50~60バーツ(※大体×5をしていただくと円)程度で食べられますし、市場では日本より安く感じる食材もあります。一方で、タイで生活していると、すべてが安いわけではないことに気づきます。

例えば、ラーメンやとんかつなどの日本食は100~300バーツ程度、日本のチェーン店やフランチャイズでは150~400バーツ、場合によってはそれ以上することもあります。こうした日本食も、今ではタイの人たちにとって身近な存在になっています。

タイのリンガーハットで発売されているKaewシェフ監修のカオソーイちゃんぽん

さらに、人件費や家賃、原材料費なども変化しています。円の価値の変化もあり、日本から見た「タイは安い」というイメージだけでは、現在のタイの生活コストやビジネスコストを捉えにくくなっています。実際にタイで暮らしてみると、「安いもの」「日本とあまり変わらないもの」「日本より高いもの」が同じ国の中に存在しています。

日本からタイを見ると、「タイだから安い」「日本の商品だから売れる」と考えてしまいがちです。しかし、実際にはタイの人たちにも、それぞれの生活水準や価格に対する感覚があります。タイで商いをさせていただく以上、こうした感覚を自分のものにする必要があると感じています。

そして、もう一つ意識しておきたいのが人口です。

「東南アジアは若い国」というイメージがありますが、タイでも少子化や高齢化が進んでいます。エンタメビジネスは特に若年層人口の影響を受けやすいため、「人口が多いから市場が大きい」と単純に考えることはできません。どの世代が、どこに住み、何にお金を使っているのか。日本とは異なる市場環境を理解することが、タイでビジネスをする上では重要だと感じています。

ここからが、前回の記事の続きになります/バンコク日本博

2024年3月海外事業構想と海外事業準備室の立ち上げを松村社長に提案したのち、海外駐在が決定。その流れで、バンコク日本博のプロジェクトを担当することになりました。

そこで必要だったのは、「タイの一般の方に日本のIPがどのように受け入れられているのか」「BeBlockのビジネスモデルの中核となる、オリジナルグッズのtoCビジネスにニーズがあるのか」という一次情報でした。そこで、日本のIP商品を展示しながらアンケートを実施することにしました。

当時、新規事業開発のタスクフォースで「カプセルトイの達人」(後の「ガチャコミュの達人」)のプロジェクトが始まっていたこともあり、カプセルトイの筐体にIPの缶バッジを入れ、アンケートに回答すると1回ガチャガチャを回せる仕組みにしました。これが予想以上の反響で、すぐに人だかりができました。このままでは初日にガチャがなくなるということで、松村社長のアイデアで筐体を1時間に1回登場させることに。結果として、3日間で500件の回答を集めることができました。

IPについては、日本と同じように誰もが知る有名IPだけでなく、その下に連なる多くの作品にも票が集まり、タイにおける日本IPの裾野の広がりを感じることができました。オリジナルグッズのtoCニーズについても前向きな回答が多く、すでに競合も存在することが分かりました。

日本博のブース

ニューヨークPOPUP

一方で、別のプロジェクトも動き始めていました。ある商社様とのご縁から、ライセンスチームが展開していた「ギルティギア」のPOPUPを北米で開催する話です。

まずはアクリルスタンドの製造からご相談いただきましたが、北米でのIP人気に加え、商社様が現地拠点と雑貨関連の貿易ノウハウをお持ちだったことから、少しずつ話が広がり、実現に至りました。

同じ時期には、紀伊國屋書店ニューヨーク本店で「鉄拳」のPOPUPも開催。異国の地で、二つのPOPUPを実現することができました。

今振り返ると、まさに「怖いもの知らず」だったと思います。船便の遅延や現地通関など、海外ビジネス特有のリスクを実感していなかったからこそ、純粋に前へ進めたのだと思います。もし今の自分なら、安全を見て翌年開催にするかもしれません。

それでも、やって良かったことは数多くありました。翌年にはギルティギアのワールドツアー決勝、ロサンゼルス大会でのPOPUPにつながり、ニューヨークでは狭い会場に多くのファンの方が足を運んでくださいました。

何より、BeBlockとしてアメリカを象徴するニューヨークで、IPにまつわる取り組みができたことは大きな一歩でした。多くの方のお力添えがあって実現できたことであり、今でも感謝しています。

UMAMIギャラリーでのギルティギアPOPUPの様子
ニューヨーク紀伊国屋の鉄拳グッズ売り場の様子

タイに駐在に向けて

ニューヨークから帰国して2日後には、タイへ向かいました。目的は、1月末からの駐在に向けた住居の内覧と、日本博で知り合った企業への訪問です。

土地勘のないバンコクで、信頼できる不動産会社様から住居候補を紹介いただけたことは本当に恵まれていました。そして、同行してくださった松村社長が、まるで自分の家族の家を探すように「少しでも良い家に住ませてあげたい」と寄り添ってくださったことは、今でも印象に残っています。後に就職希望者との面接でも話した、BeBlockに入社して良かったことの一つです。

そして、もう一つ大きな課題がありました。英語です。

英語に関しては、中学英語もままならず、大学も推薦入学だったため、英語の基礎そのものが乏しい状態でした。

それでも、日本博で知り合ったタイ人の方に英語で会社紹介をする機会がありました。当時はAIや翻訳ツールで作った文章を読むのが精一杯。松村社長にも、よく横で耐えていただけたなと思います。

それでも、日本語以外の「少しでも伝わる言葉」で話すことが大切だと信じていました。

2024年1月、初めて参加した社長宅での新年会で、松村社長から「マネージャーは一人一カ国を担当するくらいの気持ちで英語を勉強した方が良い」と言われました。その翌日からYouTubeで勉強法を調べ、書籍を買って少しずつ勉強を始めました。

ただ、英語のベースがほとんどなかった私には、半年で身につくほど簡単なものではありませんでした。

タイから帰国してからは、怒涛の日々でした。タイに興味を持ちそうなクライアントを訪問したり、フィリピンの書店とオンラインミーティングをしたり、日本にいながらできる海外進出の準備を進めました。

そして、ありがたいことに、さまざまな方が送別会を開いてくださいました。セミナーの仲間からは、今でも使っている折りたたみ傘をもらい、前職の上司やBeBlockの仲間とも、節目となる時間を過ごしました。

こうして、いよいよタイでの生活が始まることになります。

この時、彼はまだ自分の運命を知らなかった

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