はじめに
2019年にBeBlockへ入社してから、コロナ禍という大きな環境変化があった中でも、会社として売上を落とすことなく成長を続けてきました。私が所属していた本社セールスの領域でも、エンタメグッズ領域へのシフトが進んでいく中で、事業の変化を肌で感じるタイミングが多くありました。

一方で、前職での経験からずっと心の中に残っていた感覚があります。
前職では入社直後が会社としての最高益であり、その後は厳しい局面が続きました。
大手企業ということもあり、20代から30代前半まで在籍する中で、自分個人の力だけで会社全体の業績を大きく変えることの難しさを感じ、もどかしさを抱えていました。
その経験もあり、BeBlockでは「この成長はしばらく続く」という確信は持ちながらも、その先に必ず訪れる変化を意識していました。
ビジネスモデルや商材が変わっても成長を継続できるように、次の手を早い段階で打っていく必要があると考えていました。
そうした中で開催されたのが、リーダーが集まり2030年ビジョンを策定する「ビジョンキャンプ」です。そこで決まったのが「Global vision × Local mind」というビジョンでした。

この議論の中では、私だけでなく他のリーダーからも自然と「グローバル」「世界」というキーワードが多く出ていたことが印象的でした。エンタメビジネスは若年層人口や商圏人口の影響を強く受ける領域であり、日本という市場構造を前提にすると、いずれ必ず成長の上限が見えてきます。その共通認識があったからこそ、自然と視線は海外へ向いていったのだと思います。
出身が滋賀県ということもあり、ビジネスパーソンとしては若い頃から近江商人の考え方に影響を受けてきました。
「三方よし」に代表される商いの思想、国内のさまざまな地域を行き来しながら地域ごとの価値差を捉えて利益を生み出す発想、そして支店や暖簾分けのように仕組みとして拡張していく考え方は、現代のビジネスにも通じるものがあります。
また、その流れを汲む企業である伊藤忠商事や丸紅といった企業は、明治以降の社会変化の中で商いの形を進化させ、アジア・欧米を含むグローバルな商流の中で事業を展開する存在へと発展していきました。
BeBlock入社前は、地域柄として大手の自動車関連企業や製造業の案件に関わることが多く、それらの企業はすでに海外に複数拠点を持ち、展示会出展やカタログ・チラシの多言語対応、Webサイトや動画のローカライズなどを当たり前のように行っていました。
ただし、それらはあくまで日本国内から支援する立場として関わっていたものであり、自ら海外に出て現地でビジネスを行っていたわけではありません。
外から“グローバル対応の現場”を見てはいたものの、自分自身がその中に入り込んで動く経験はまだない状態でした。
また、新入社員時代にお世話になった先輩たちが、それぞれ別の会社で世界中を飛び回ったり、アメリカやタイに駐在したりと、業界を変えてグローバルに活躍している姿も強く印象に残っており、それも一つの刺激になっていました。
BeBlockに入社してからは、エンタメ業界という多くの人が知るIPに関わる仕事の中で誇りを持てる一方で、コロナ禍の巣ごもり需要やサブスクの普及によって、日本のアニメやコンテンツがほぼ世界同時に消費されるようになるなど、市場構造そのものが大きく変化していくのを実感してきました。
そうした変化の中で、「近江商人的な分散思考」や「製造業的な現場感覚」、そして「コンテンツ産業のグローバル同時性」が重なり合いながら、自分の中で“ローカルとグローバルの境界”の捉え方が少しずつ変わってきています。
国のクールジャパン戦略の事例を調べたり、実際に大手のライセンサーや商社も合弁の会社を設立というニュースは耳にするものの、実際に放映権以外のIP関連の取り組みはまだまだどこも十分にできていないように映りました。
逆に数年後になると、大手が仕組みを作ってしまっていて、市場を握っているのではないかという危機感も感じました。
BeBlockの良さは意思決定のスピードと挑戦に対してポジティブな社風ということもあり、早さが他社にはマネできない部分だと思い、事業構想を急ぎました。
松村社長のもとにはすでにバンコク日本博の出展のお話もありライセンスチームを主体にしていくか、別の組織を作るかで迷われていた時期かと思います。幹部会議で議題に上がるたびに自分もプロジェクトに関われたらなという思いが芽生えていきました、、、続く。
