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BCPを考える

BCPを考える

こんにちは。専務取締役の久冨です。

9月8日(火)に名古屋を集中豪雨が襲いました。
1時間の雨量が名古屋市で104.5ミリを記録し、26年前の東海豪雨を1時間雨量で上回り
観測史上最大の豪雨となりました。
各方面の皆さまにはご心配をおかけしましたが、大きな被害はなんとか避けられました。

今回はあらためてBCPを考える機会ともなりましたので、時系列に状況も踏まえた上で良かった点や課題となる点を見ていきたいと思います。

Index目次

初動

9月8日。
その日はプライバシーマークの更新審査があり、名古屋オフィスに出勤。審査もスムーズに進んで、通常より早く終了。たまたま居合わせた常務取締役の水谷、取締役の大倉と「役員が3人居合わせるのがめずらしいね。今日は何のミーティングだったっけ?」みたいな話をしてた記憶があります。マネージャーの新美もいたので、幹部会ができそうな感じでした。

16時ごろ社長の松村から電話。松村は同友会の会合で知多市にいて、雨の話があったらしく、第1報は「雨やばそうだけど大丈夫?状況の確認をお願いします。」
ずっと会議室にいたため、その時初めて外を見ると結構な雨に驚き、とにかく状況確認。本社工場の小倉マネージャーにも電話して工場の状況確認をお願いしました。
そんなことをしてるうちに、あちこちでスマホの警報音が鳴りだし、なんかヤバい状況の中でさらに激しく降り続く雨。

警戒レベルが4に上がった。

とにかく早く帰宅させることを決断し、帰れる人は帰宅の指示。ただ、尋常じゃない豪雨のため、ある程度、雨足が弱くならないと動けない状況ではありました。

この時の初動は「仕事を即時終わらせて、帰宅できる人は帰す」
ただ、この後の1時間の雨量が観測史上最大の豪雨となり、初動どうこうという問題ではなくなります。

名古屋オフィス2Fから撮影

公共交通機関 全線ストップ

豪雨で帰宅しようとしても外に出れない状況が続く中、JR東海、名鉄各線で運転見合わせの知らせが随時届きます。

ちょうど1時間ほど経過したころに、雨足が徐々に弱まってきました。何とか傘をさして外に出れるレベルまでになればと思っていた矢先、

警戒レベルが5に上がった。

それにともない地下鉄の運転見合わせの知らせが届きました。これで近鉄以外は全線ストップとなり、バスも動かないレベルまでに到達。いよいよ帰宅が困難な状況まで追い込まれました。

弊社は名古屋市に拠点が8つ、総勢187名

・中村区名駅近郊(名古屋オフィス60名 BeBlockラボ3名 栄生工場10名 名西工場10名)
・天白区植田近郊(本社工場42名 植田第2工場15名 植田第3工場41名 梅が丘倉庫6名)

実際、工場勤務のパートさんはシフト制のため全員が出勤しているわけではなく、正社員の中にはテレワークメンバーもいるため、出勤数は所属社員数よりは少なくなります。工場は地元のパートさんが多いため、近郊に住まれている方が大半でしたので、徒歩で帰宅できるメンバーは多数いました。

決断

雨が豪雨からどんどん弱まってきたタイミングもあり、次の決断を迫られます。公共交通機関がほぼ全線ストップし再開のめどが立たないため、できることを考えて即実行という状況の中、役員3名とマネージャー1名がたまたま居合わせていたため、緊急ミーティングを開始。選択肢は以下の通り。

 ①車で帰宅させる(社用車および自家用 タクシー乗り合わせ)
 ②宿泊させる(会社 ビジネスホテル)

その日はたまたま役員3名が車通勤で3台、社用車が1台(この時点では外出中)確保できそうでしたので、①は実行。その前にどれくらいの人数が自力で帰宅できないのかを確認する必要があるため、①のタクシーや②のビジネスホテルの確保はその人数が確定してから考えることにしました。また、帰宅先が被災して、帰ったとしても安全確保ができない場合もあるため、念のため帰宅先の状況も同時に確認してもらうようにしました。ということで、次にやることは以下の通り。

 ③自力で帰宅できる人(徒歩、お迎え、近鉄)とできない人の仕分け
 ④帰宅できない人を地域で仕分け

③がそれなりにいましたので、それを差し引いて④を始めました。ただ、この作業中にタクシーは捕まらないという状況が判明し、①はこの4台の2回ピストンが限界と判断。申し訳ないが遠方の岐阜方面は②になることを視野にビジネスホテルを探しました。

臨時で作成した配車計画

帰宅スタート

雨は小降りになり、あたふたしていると時間ばかりが過ぎていくため、社用車が戻る間、新美マネージャーが名古屋オフィスに残り、役員3名は帰宅プロジェクトの第1便をスタート。
その間、新美マネージャーはビジネスホテル探しをしていましたが、岐阜方面のメンバーがご家族のお迎え可能となり、宿泊が不要となりました。人数を考えると、社用車が戻るまでにもう一台車の確保が必要と考え動きます。

状況に応じて対応を瞬時に変えることは難しい。ただそれを繰り返すことでしか突破口は開きません。
ここで奇蹟がおきますカリテコで1台、車を借りることができました!

同時に社用車が帰還。また、お迎えに来られるご家族も増え、最終的に帰宅難民はゼロになる目途が立ちました。この後、社用車1台で北方面、カリテコ1台は南方面、役員2名が帰還し残りのメンバーを乗せ第2便が出発し、最終的に24時までには全員自宅に送り届けることができました。

天白区方面の対応

一方、天白区方面は17時30分ごろから帰宅要請を行い、自力で帰宅できる人は速やかに帰宅させ、帰宅できない可能性のあるメンバーを掌握。組織上、本社工場の小倉マネージャーが工場は統括していましたので、名駅近郊にある栄生工場、名西工場も状況を確認し、栄生工場では一部浸水し、資材が破損しました。

栄生工場で浸水した資材

それ以外の実害報告は無かったため、名古屋オフィスと同様、天白区方面にある社用車2台を植田第3工場にあつめて20時に作戦会議を行いました。幸いにも栄生工場、名西工場、梅が丘倉庫は徒歩およびお迎えメンバーのみでしたので、帰宅困難者は天白区メンバーのみの11名となりました。しかし社用車2台では足りないということで、ちょうど帰宅したところだった名西工場の長南ファクトリーリーダーにお願いし、送迎を手伝っていただくことになりました。快く引き受けていただいたこと、大変に感謝いたします。最終的には名古屋オフィスで2名を送迎して頂きました。

21時ごろ一足早く帰宅したと思われたメンバー2名が帰社。結局、待ったものの地下鉄、市バスは動かず引き返さざるを得なかったとの事。まだ送迎途中だったため第2便での送迎となりました。
南方面は久田ファクトリーリーダー、西方面は小倉マネージャーが第1便を出発。その後、帰社し第2便が出発。こちらも最終的には24時までには全員自宅に送り届けることができました。

翌日の対応

9日。
26年前の東海豪雨の教訓が活かされ、治水対策を着々と進めてきた名古屋は、冠水していたはずの道路がすっかり平常に戻っていました。特に名古屋オフィスのある名駅周辺。見えないが着実に手を打つ。今回は想定より以上の豪雨で観測史上最大であったため、ギリギリではありましたが「街は守られた」と言っていいと思います。
その日も線状降水帯が発生する可能性もあったため、仕事は午前中で切り上げて帰宅。フレックスタイム制を導入していますので、その辺は各自が上手くコントロールしながら行っていました。特に学校が休校になったため、主婦の皆さまはお休みになられる方もいらっしゃいました。

BCPを考える

今回の名古屋豪雨に伴い、BCPの大切さをあらためて思い知ることとなりました。
ただ、今回の豪雨だけ考えてみると不測の事態が多く見られました。

 ①1時間という短時間に状況が一気に変わった
 ②その余波を予測するのは大変難しかった

「けっこう雨が降ってきたなぁ」と思ったら一気に警戒レベル4まで跳ね上がったため、対策を打つ時間もなく、そうこうしてるうちに交通インフラの麻痺が起こったため、対策のベクトルを時間経過とともに変えなければならなかったこと。どう決断し、どう実行するかが大変難しいところだったと思います。
当然、BCPをどうブラッシュアップしていくかは大きな課題だと思いますが、さらに今回感じたのは

会社としての組織力がどうなのか?

ということです。これは普段から、どのような会社を創っていくのか?の延長線上に、どのような組織が理想なのか?があると思っていて、幹部が率先して自分のやるべき責任を果たし、即断即決の判断を実行し、それに文句も言わず協力して全員が帰宅難民ゼロを目指して、自分のやるべきことを見つけて動いた結果が、9月8日だったと思います。

最後に、今回の名古屋豪雨でご協力して下さった社員・役員の皆さま、お迎えに来て下さったご家族の皆さま、またご心配頂いた取引先の皆さまには大変感謝を申し上げます。有難うございました。

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