みなさんこんにちは、ライセンスグループでマネージャーをやっております、千崎です。
オウンドメディアを始めました。私は今までたくさんの会社を経験し6社転々としてきました。昔を思い出しながら、楽しく執筆していければと思います。まずは第一弾、営業についてのお話をしたいと思います。前半後半にわたり話していくのでお付き合いください
営業は決して難しくありません、簡単です。簡単になるマインドを今回はお伝えしていきます。
― 営業20年。人見知りの私がたどり着いた”意外な答え”
「営業って向いてないんです。」実は、私は今でもそう思っています。
人と話すのは嫌いではありません。でも、初対面の人と話すのは得意ではありませんし、気も使います。
そんな私が気づけば20年近く営業という仕事を続け、たくさんのお客様と出会い、数え切れないほどの商談を経験してきました。
そして今、営業について一つだけ自信を持って言えることがあります。
営業は、才能ではありません。運です。
もちろん、「何もしなくても運が良ければ売れる」という話ではありません。
私が言いたい”運”とは、自分で引き寄せることのできる運です。
今回は、なぜ私がそんな考えにたどり着いたのか。
これまで経験してきた営業人生を振り返りながら、お話ししたいと思います。

目次
- 営業に向いていないと思っていた私
- 2週間で辞めた最初の営業
- ルート営業で学んだ「感謝」の力
- 配置薬営業で知ったクロージングの重要性
- 飛び込み営業が私の人生を変えた
- なぜ私は「営業は運」だと思うようになったのか(後編へ)
営業に向いていないと思っていた私
営業と聞くと、どんなイメージがありますか?
「ノルマが厳しい」
「売上に追われる」
「話が上手な人が向いている」
「メンタルが強くないとできない」
そんなイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。
私も昔はそう思っていました。
実際、私は人見知りです。
営業マンらしくグイグイ話すタイプでもありません。
だからこそ、ずっと「営業には向いていない」と思いながら営業をしてきました。
それでも20年近く続けてこられたのは、特別な才能があったからではありません。
たくさん失敗して、そのたびに少しずつ考え方が変わっていったからです。

最初の営業は、2週間で終わりました。
社会人になって最初に選んだ仕事は、自動車販売の営業でした。
……結果から言うと、2週間で辞めました(笑)。
毎月4台の販売ノルマ。
でも、お客様は一人もいません。
最初に教えられたのは、
「まずは親戚や友達に売ってこい。」
ということでした。
今思えば、それしか方法がなかったのかもしれません。
でも当時の私には、
「営業って何をすればいいんだろう。」
その答えすら分かりませんでした。
同じタイミングで入社した同期も3人いましたが、3か月経っても見込み客が1人もいないような状況でした。
営業以前に、どう戦えばいいのか分からなかった。
だから私は、その会社を辞めました。
当時は挫折だと思っていましたが、今振り返ると、この経験があったからこそ、「営業とは何か」を考えるようになったのだと思います。

「売る」よりも先に、「感謝」を教わったルート営業
次に働いたのは、老舗のお菓子メーカーでした。
ここでは駅や空港、道の駅、旅館、ホテルなどを回るルート営業を担当しました。
ルート営業は、新規開拓とは少し違います。
毎日決まったお客様を訪問し、売場をより良くしていく仕事です。
商品を並べ替えたり、
季節に合わせた提案をしたり、
時には売場を広げてもらえるようお願いしたり。
一見すると商品を売る仕事ですが、本当は人との信頼関係を築く仕事でした。
売場を任されている方は、人生経験豊富な方が多く、若かった私は本当にたくさん育ててもらいました。
もちろん、時には厳しい言葉をいただくこともあります。
売場を小さくされることもありました。
それでも、そこで学んだことがあります。
人は、感謝されると応援したくなる。
私はよく、こんな言葉を伝えていました。
「僕の代わりに、お客様へ頭を下げて商品を売ってくださって、本当にありがとうございます。」
すると、不思議なことに皆さんが応援してくださるようになりました。
「ここを広げておいたよ。」
「今日は目立つ場所に置いておいたよ。」
そんな声を掛けていただくことも増えていきました。
実は、この言葉には理由があります。
その前の仕事では、私自身がお店側の立場を経験していました。
だからこそ、
「業者さんの商品を代わりに売っている。」
そんな現場の気持ちもよく分かっていました。
営業は、自分一人では成り立ちません。
商品を売ってくれる人がいて、お客様がいて、初めて売上になります。
この頃から私は、
営業とは、人に助けてもらう仕事なんだ。
そう考えるようになりました。

「最後の一言」で営業は変わる
次に挑戦したのは、配置薬の営業でした。
各家庭を訪問し、常備薬の点検や補充を行いながら、必要に応じてサプリメントなどを提案する仕事です。
正直に言うと……
これは本当に厳しい仕事でした。
朝から夕方までお客様を訪問し、帰社してからは売上計算、入金処理、日報作成。
毎日が慌ただしく過ぎていきます。
さらに当時は、営業成績に対するプレッシャーも今では考えられないほど強く、厳しい空気の中で仕事をしていました。
私は誰にも負けたくなくて、1日に20件近く訪問していました。
でも、最初の2日間。
一つも売れませんでした。
「こんなに回っているのに、なぜ売れないんだろう。」
そう悩んでいた時、所長が声を掛けてくれました。
「ちゃんとクロージングしてる?」
私は意味が分かりませんでした。
「クロージングって何ですか?」
すると所長は笑いながら言いました。
「最後に、『いかがですか?』『ご購入されますか?』って聞いてる?」
……
聞いていませんでした。
私は商品の説明だけをして、満足して帰っていたのです。
例えるなら、レジまで来たお客様に、
「買いますか?」と聞かず、そのまま帰していたようなもの。
その日から、最後に必ず一言添えるようにしました。
「いかがでしょうか?」
たったそれだけです。
すると、それまで全く売れなかった商品が少しずつ売れ始め、気がつけば成約率は約25%。
4人に1人が購入してくださるようになりました。
営業は話す技術よりも、最後の一歩が大切なのだと、この時初めて学びました。

飛び込み営業が、私の人生を変えた
その後、私はあるデザイン企画会社へ転職します。
この会社との出会いが、今の私の仕事の原点になりました。
会社は設立からまだ2か月。
月商は約100万円。
いつなくなってもおかしくないような、本当に小さな会社でした。
既存のお客様はゼロ。
営業先は、自分で見つけるしかありません。
毎日、高知の街を車で走り、
「この会社、面白そうだな。」
と思ったら車を停めて飛び込み営業をする。
電話を掛ける。
また飛び込む。
その繰り返しです。
朝10時から夕方まで、毎日10件以上。
断られることにも慣れました。
最初は、
「3か月だけ頑張ってみよう。」
そんな軽い気持ちでした。
でも、その3か月で少しずつお客様が増え始めます。
東京の企業とも仕事ができるようになり、
1年目の売上は約2,400万円。
2年目には約1億5,000万円。
会社を卒業する頃には、期首の時点で約3億円の案件を抱えるまでになっていました。
そして、この会社で出会ったご縁が、今のBeBlockとの出会いにもつながっています。
人生は、本当に不思議です。

次回、「営業は運」の本当の意味をお話しします。
ここまで読んでくださった方の中には、
「結局、営業は運じゃなくて努力じゃないか。」
そう思われた方もいるかもしれません。
その通りです。
努力は必要です。
でも、私は今でも営業は運だと思っています。
ただし、その運は待つものではありません。
自分で引き寄せるものです。
後編では、
- なぜ営業は「確率論」なのか
- 行動量が運を引き寄せる理由
- 私が20年間変わらず大切にしている営業の考え方
について、お話ししたいと思います。