「とりあえずAI」でいいのか問題

来月、ある大学で講義をするための事前打ち合わせを大学の先生と先日行いました。今回は、社員と一緒に講義をするスタイルで面白そうな授業ができそうです。
先生との会話の中で、何か学生に聞いてみたいことがあれば事前アンケートも取ってくれるということで、AIをどのように使っているのか聞いてみたいと伝えました。ことで、AIをどのように使っているのか聞いてみたいと伝えました。すると、先生は、AIの利用率は凄まじいといいます。レポートはもちろん、調べ物もすべてAI。まず、なんでもかんでも、とりあえずAIに聞いてみるって学生が多いようです。先生としても複雑な心境で、AIで作ったレポートはすぐに分かるそうです。
この打ち合わせの数日前に、プロ野球の監督が家庭内のトラブルで逮捕され、監督を辞任するというニュースがありました。姉妹喧嘩から、仲裁に入った父親が長女の態度にカッとなり、襟元をつかんで押し倒し、その後長女はChat GPTに相談し児童相談所に相談、児童相談所から通報を受けた警察が自宅に向かい、暴行容疑で現行犯逮捕。これが事の流れです。
この件の本質は、親から子への暴力で、人権侵害にあたるため、いかなる理由があろうとあってはならないことです。注目したいのは、長女がとった行動が、AIに相談してそのまま従ったら、自分の意思とは関係ないとんでもない事態になってしまったということです。
話を置き換えて例えてみると、あるビジネスパーソンがクレームを起こしてしまい、それをChatGPTに相談してそのまま従ったら、さらに事態が悪化した。こんなケースはすでに日本中で起こっているのかもしれません。
AI側から見れば、正しいアドバイスをしたにもかかわらず多くの人を巻き込んだ悲劇となってしまいました。
「とりあえずAI」は危険因子が潜んでいることを忘れてはなりません。
情動のハイジャック

心理学用語で「情動のハイジャック」という言葉があります。これは、恐怖や怒りなどの強い感情が理性を司る脳の働きを圧倒し、衝動的な言動をコントロールできなくなる心理をいいます。いわば、心と脳がハイジャックされている状態です。
前述の姉妹喧嘩に仲裁に入った父親が、我を忘れて子どもに手をあげてしまった。そして、子どもは、この恐怖から誰かに相談を求め、冷静でない状態でことを進めてしまった。
親は怒りに支配され、子どもは恐怖に支配された。結果として、冷静な判断を失ってしまい、親も子も「情動のハイジャック」が起こってしまったのかもしれません。
これは対岸の火事ではありません。ビジネスシーンにおいても度々起こります。つい我を忘れてキレてしまい、ハラスメントに繋がることは、想像できます。
例えば、コールセンターに電話して散々待たされたがあげくに、自分の困っていることが解決されなかったときに、嫌味の一つも言いたくなることはあるでしょう。それが発展して、相手を罵ったり、罵詈雑言をはなった時点でカスハラ確定です。
要するに、どんなにイラッとしても情動にハイジャックされない自分を常に維持できるか。これは大事な問いです。
今回であれば、親がほんの少しだけ冷静になっていれば、娘に手を出すようなことはなかったはずです。
世の中は検索から相談、そしてタスクの依頼へ
かつては検索エンジンのGoogleで自分の調べたいキーワードを入力して「検索」していました。もう20年ぐらい、どっぷりと浸かった検索カルチャーから、相談カルチャーに移行中の最中にいます。検索エンジンの窓は、検索窓から相談窓になり、生成AIに入れるのは、キーワードではなく、一旦AIに相談してみようという行動になっています。
相談以外には、より明確な作業を依頼することもあります。膨大な資料の要約したり、集計作業を依頼したり、さらに今では経費清算などの実務レベルで依頼していくAIエージェントがどんどん登場しています。
また使えば使うほど、パーソナライズ化が進み、自分に馴染んできます。そうするといつも助けてくれる親友のような存在に関係性が深くなります。
しかし、AIには心がありません。感情はあるように見えるだけです。
だからこそ、AIに依存する部分と自分の意思で判断する部分は分けて考える必要があると思います。
世の中は検索から相談、そしてタスクの依頼へ
かつては検索エンジンのGoogleで自分の調べたいキーワードを入力して「検索」していました。もう20年ぐらい、どっぷりと浸かった検索カルチャーから、相談カルチャーに移行中の最中にいます。検索エンジンの窓は、検索窓から相談窓になり、生成AIに入れるのは、キーワードではなく、一旦AIに相談してみようという行動になっています。
相談以外には、より明確な作業を依頼することもあります。膨大な資料の要約したり、集計作業を依頼したり、さらに今では経費清算などの実務レベルで依頼していくAIエージェントがどんどん登場しています。
また使えば使うほど、パーソナライズ化が進み、自分に馴染んできます。そうするといつも助けてくれる親友のような存在に関係性が深くなります。
しかし、AIには心がありません。感情はあるように見えるだけです。
だからこそ、AIに依存する部分と自分の意思で判断する部分は分けて考える必要があると思います。
学生が生成AIを使う心得

多くのスポーツにはサインプレーとかセットプレーというのがあります。サッカーでもバレーでも野球でもリーダーからのサインによってそれぞれの役割によってサインプレーを行います。これを仕事に置き換えると、サインとは仕事の指示であり、人は指示どおりに実行できるか問われます。
しかし、今の時代、社長や上司の指示がバンバン飛んできて、指示どおりに仕事をする時代は過ぎ去り、自らの頭で自律的に考えて仕事ができるか、そうした考え方が多いと思っています。BeBlockも同様で、自律・自浄・自走という言葉を大事にしています。
学生が生成AIを使う際は、生成AIに相談するのは、客観的な意見を聞くという視点で悪くないと思います。ただ、生成AIに「判断」や「意思決定」までも委ねてしまうと、思考停止が永遠に続くことになります。
本質に辿り着いて、自分の仕事や人生に接続させるのは、AIではなく、私たち自身のはずです。
「とりあえずAI」で相談すること自体は悪いことではありません。しかし、その答えをどう受け止め、どう判断するかは私たち自身の責任です。AIがますます身近になる時代だからこそ、自分の頭で考える訓練は、学生だけでなく、すべてのビジネスパーソンに必要なのではないでしょうか。